第二回 呼吸と日常生活

今回は,「呼吸」のお話です。呼吸は,私たちの生活と深い関わりがあります。その仕組みと生活との関わりについて(呼吸リハビリテーション)説明してきたいと思います。

呼吸についての基礎知識

1. 気道の役割

呼吸は横隔膜や胸部の筋・腹筋群がその働きを担っていますが,空気の通り道である気道も大切な役割を担っています。鼻にある鼻毛や気道の粘膜は,汚れた空気から誇りや細菌などを取り除きます。複雑な形をした鼻腔は,冷たくて乾燥した部屋の空気(室温約10~25°,湿度約20~70%)を暖かくて湿った空気(体温約36.5°,湿度100%)に変えてくれます。私たちの身体は,取り込んだ空気を気道を通して肺へ送ることにより感染予防を行っているのです。このことはあとから出てくる鼻を通して呼吸する「口すぼめ呼吸」の勧めにつながります。

2. 呼吸と姿勢

横隔膜の位置は姿勢によってかわります。身体の中で胸腔と腹腔を隔てている横隔膜は下に位置するほど,胸郭の体積が大きくなりますが,臥位(寝た姿勢)で高く,座位(座った姿勢)で低くなります。すなわち,一般的には座位の方が機能的残気量という肺の中に残っている空気の量が多くなり,ガス交換がより多くできると考えることができます。この呼吸と姿勢との関わりは,姿勢が変わることによって身体にかかる重力が変化することと関係しています。

このことから,姿勢を変える生活をするだけで呼吸に変化がもたらされることがわかります。自力で座位が難しくなっても,車いすで過ごしたり,ベッド上でもギャッジアップして過ごすことにより呼吸に良い変化がもたらされ,痰が出やすくなることにもつながります。

3. 気道と食道

もう一つ,気道と大きく関わっているのが「食道」です。気道はいつも開いていますが,食道に食べ物が送り込まれるときだけは息を吐くタイミングに合わせて喉頭蓋でふさがれます。ほんの1秒にも満たない時間ですが,この息を吐く呼気にあわせた気道の閉鎖が誤嚥を防いでいるのです。食事の際には,気道と食道の位置の関係と噛む・飲み込むという動きとの連携を円滑にするために姿勢を整えて食べるようにします。

4. 呼吸の方法と特徴

さて,呼吸には大きく分けて「腹式呼吸」と「胸式呼吸」という2つの種類があります。「腹式呼吸」はおなかをふくらませて行う呼吸,胸式呼吸は胸を大きく上に向かって広げて行う呼吸です。みなさんにお勧めしたいのは「腹式呼吸」の方です。腹式呼吸には利点があります。

呼吸も運動であり筋の収縮を伴うものであることはすでに述べましたが,呼吸もエネルギーを使って行われています。腹式呼吸は主に横隔膜を使って行いますが,他の筋をあまり使わないため,効率の良い呼吸といえます。これに比べて胸式呼吸は,胸郭を上に持ち上げるため胸鎖乳突筋や斜角筋といった多くの筋を使います。これでは必要な酸素を取り込むために多くの筋を働かせ過度のエネルギーを消費してしまうことになります。

「息を吸う」のは横隔膜や胸鎖乳突筋・斜角筋などのはたらきによっておこなわれますが,「息を吐く」のは肺が縮もうとする肺自体の弾性によって多くが行われています。息を吸うことをやめると肺は自然に縮もうとして肺の中にある空気を押し出していきます。もっと息を吐ききるときには腹筋群が働きます。

5. 呼吸と痰を出すこと

気道の分泌物である痰は,適切に排出しなければ肺炎の原因となってしまいます。痰を出すためには痰自体の柔らかさと,それをはき出すための呼気の勢いが必要となります。勢い良く呼気を出すためには,腹筋群が大いに力を発揮します。また,痰が軟らかい状態であるためには,外気の湿度や飲食物を介した身体からの水分摂取が必要です。口から大量の乾いた空気を吸う口呼吸は,気道を乾燥させてしまうため痰が出にくい環境を作ってしまうので,鼻から吸う鼻呼吸(口すぼめ呼吸もこれに該当)を行うようにします。

また,痰は重力がかかる肺の下のところにたまりやすくなります。姿勢を変えると肺の下方向に当たる部分が変わるので,痰は移動しやすくなり排出しやすくなります。

6. 呼吸と話すこと

私たちは日常何気なく声を出して話をしていますが,この声を出すという発声の機能も呼吸と大きな関わりを持っています。声を出してみてください。一緒に息が吐かれているのがわかります。息を吸いながら話そうと思ってもできませんね。大きな声は息を勢いよく吐くこととともに,小さな声は少しずつ息を吐くことによって出されています。また,人と話をしていて笑うことがよくありますが,これも息を吐きながら,吐ききったら深く息を吸って・・・行われています。日常の何気ない会話と呼吸は切り離すことができない関係にあります。

呼吸の練習

それでは,呼吸の練習方法について説明します。どの練習も座位か臥位の楽な姿勢で行います。呼吸が乱れて苦しい感じがしたら休んでください。呼吸の練習はゆったりとリラックスして行うことが大切です。

1. 腹式呼吸

《腹式呼吸とは》横隔膜を使いおなかをふくらませて行う呼吸です。この時胸はわずかしか動きません。

《腹式呼吸の方法》片手を軽く胸に当て,もう一方の手はお腹に当てます。吸気(息を吸ったとき)にお腹がふくらむのを感じることができます。この動きが大きくなり,胸の動きが小さくなるように意識して練習します。

2. 口すぼめ呼吸

《口すぼめ呼吸とは》「鼻から吸って」「口をすぼめながら息を吐く」呼吸法です。口から息を吸うと,冷たくて乾いた空気を一気に肺に送り込んでしまいます。鼻から息を吸って,空気を暖め湿度を上げます。また,口をすぼめて吐くことにより,気道や肺の内圧を高め広く保つことができます。

《口すぼめ呼吸の方法》鼻から「1,2」と頭の中で数えながら息を吸います。そして,プーというつもりで口をすぼませながら,今度は,「1,2,3,4」と吸ったときの倍の時間,できればそれ以上の時間をかけて吐いていきます。慣れないと少し難しい感じがしますが,根気よく続けることによって徐々に上手になっていきます。

そして,少し慣れてきたら腹式呼吸を使って口すぼめ呼吸を行うようにします。1回につき数分間,一日3回程度練習をしてみて下さい。慣れないうちは,自分の呼吸ペースと違うため乱れて苦しい感じがすることもありますが,その時にはあわてず休んで楽な呼吸に戻ってください。ゆったりとリラックスして行ってください。

呼吸と日常生活

活動することは,呼吸の変化をもたらします。人と話をして笑ってみたり,歌ってみたり。時には身体を起こしてみたり,車いすに座ってみたり,散歩に行ってみたり。身体を動かすいわゆる運動が筋を収縮させ呼吸機能を活性化するのはもちろんですが,日常生活の様々な活動が,酸素を取り込み二酸化炭素を排出することの一役を担っています。ですので,日常の活動が安全に行える状態であれば,今行っていることを継続して行うことが何よりの呼吸リハビリテーションとなります。

呼吸リハビリテーションというと難しく聞こえますが,①腹式呼吸や口すぼめ呼吸を日常生活に取り入れ,②会話や日常の活動が呼吸によい変化をもたらすことを理解して生活すること,と考えて良いと思います。すなわち生き生きと生活することが,身体にも良い影響を多くもたらすのです。

かりに寝たきりになったとしても,横向きになったりギャッジアップして姿勢を変えたり,たまには車いすで散歩をしたりする生活は,それだけで呼吸に変化をもたらし,肺(痰)にかかる重力の方向も変わり,痰が出やすくなる状況を作ってくれます。

少々ややこしいお話でしたか? でも,呼吸というなにやら難しそうなもののイメージが少しやわらいだでしょうか。呼吸の働きと私たちの日常がごく近いところにあることが少し身近なところで理解していただけたら幸いです。


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